20TH ANNIVERSARY

FLIGHT

20年を彩る機体

飛行機の歴史を、
セントレアと共に。

セントレアと共に歩んできた数多くの飛行機。そのひとつひとつが、セントレアの空に描いた歴史。
飛行機たちの足跡は、セントレアの空を彩ってきた。
無数のフライトがセントレアの空に色を加え、過ぎ去った時を刻みながら未来へと繋がる道を作り出す。
レンズ越しに見える飛行機の機体が、空に浮かぶ歴史の1ページを飾り、その記録が空港の歴史として刻まれていく。

NO.01エアフォースワン アメリカ空軍 VC-25

世界で最も有名な飛行機でアメリカ大統領が搭乗する機材。元はボーイング747型機だが、運航はアメリカ空軍が行っているため軍の型式名であるVC-25型機となっている。

解説

2016年伊勢志摩サミットの際にオバマ大統領が搭乗しセントレアに飛来。なお「エアフォースワン」という名称は大統領が搭乗しているときのみに使用されるコールサイン(管制との無線呼び出し符号)で回送時は「エアフォースワン」とは名乗らず軍のコールサインを使用している。

NO.02アントノフ航空 AN-225

世界最大の輸送機で1988年に初飛行。ウクライナのアントノフ製の貨物専用機で、6発あるエンジンが特徴。製造(完成)した機数は1機のみであった。

解説

2010年と2020年(2回)の三度セントレアへ給油目的で飛来、史上最も重く最も長い飛行機のため駐機場を2機以上占有するほどのサイズだったが、2022年ロシアのウクライナ侵攻により破壊されてしまった。しかし製造途中の機体があるため2号機を完成させる計画もある。

NO.03コンチネンタル航空 ボーイング767-400ER

ボーイング767と言えば初期型の200型とJAL/ANAも使用している300型は世界でもベストセラーだが、胴体を延長した400はレア。

解説

ボーイング767の中でも38機しか製造されなかったレア機でデルタ航空とユナイテッド航空、バーレーン王室のみが採用。セントレアには開港から数年間コンチネンタル航空がホノルル線の定期就航していた実績があり、細長い美しいボディのB767-400ERを見ることができた。

NO.04エアアジア・ジャパン エアバスA320

セントレアがベースの格安航空会社で2014年に設立。2017年より運航を開始したがコロナ禍の2020年に運航を停止してしまった。

解説

マレーシアの格安航空会社エアアジアはエアアジア・タイ、フィリピン・エアアジアなど多方面に展開、日本にも法人を作るべく日系企業と提携し航空会社を設立。3機の機体で新千歳、仙台、福岡、台北を運航していたが、事業が軌道に乗る前にコロナ禍で利用者が大幅に減少してしまった。

NO.05ANA ボーイング737-700ゴールドジェット

セントレア開港の2005年に導入されたANAのボーイング737-700型機。初号機と2号機は名古屋城の金シャチにちなんで金色でデビューした。

解説

ANAのコーポレートカラーであるトリトンブルーをペイントせずゴールドのラインをまとったB737-700初号機。実機を慎重によく見るとANAの青と水色の塗分けのように、金色も「薄い、濃い」の濃淡がある二色でペイントされていた。B737-700はセントレアを拠点に当時は運航されていておなじみの機体であった。

NO.06ANA Business JET ボーイング737-700ER

ANAはビジネス需要の開拓を進めるべく世界で初めてB737-700の長距離型であるERを採用。2007年よりセントレアから就航を開始した。

解説

ボディにビジネスジェットと大きく描いた機体は24席のビジネスクラスとエコノミークラスだが欧米線よりも広い座席を24席搭載という座席数の少ない機体をセントレアから広州線に投入していた。すでに退役してしまったが日本に2機しかなかったレアな機材であった。

NO.07エアーセントラル フォッカー50

名古屋鉄道(名鉄)をイメージさせる赤いカラーにANAのロゴ。地元では赤鼻のポチと呼ばれていたオランダ製の旅客機。

解説

元はANAと名鉄の合弁会社として発足、名古屋空港を拠点に中日本エアラインサービスという社名で運航していたが、セントレア開港に伴い社名をエアーセントラルに変更。拠点もセントレアになり計4機が運航されその後ANAカラーにも変更されたが2010年に退役となった。

NO.08日本航空 ボーイング747-300SRリゾッチャ

日本航空のリゾート路線専用機材の塗装でホノルルやグアム、沖縄などに「楽園に鳥が飛ぶ」をコンセプトに就航。

解説

1995年より乗った時からリゾート気分をコンセプトに「スーパーリゾートエクスプレス」(通称リゾッチャ)が飛んでいて、2007年に撮影したこの機材は国内線仕様のボーイング747のため那覇線と思われる。カラフルで複数あったデザインはとても人気だったが2008年にリゾッチャは終了となった。

NO.09日本トランスオーシャン航空 ボーイング737-400 SWAL塗装

沖縄が拠点の日本トランスオーシャン航空のレトロカラー機として2013年に登場したボーイング737-400型機。

解説

沖縄が日本に返還される前に設立された南西航空、初代は当時の日本航空に準じたカラーリングだったが1970年代にボーイング737-200が導入されるとオレンジ色のオリジナリティあふれるコーポレートアイデンティティーが採用され長年親しまれた。そのカラーリングが復刻され2018年までフライトしていた。

NO.10ノースウエスト航空 ボーイング747-400

第二次世界大戦後、日本航空設立時の運航を行った実績もある歴史があるエアラインでセントレア開港時からボーイング747で就航。

解説

セントレアからデトロイト、マニラ、サイパンなどの路線を運航。2000年代まで米系航空会社の中でも日本路線のシェアが特に多い航空会社で、赤い尾翼がトレードマークであったが、2008年にデルタ航空と合併が決まり社名が消滅。セントレアからの路線はデルタ航空に受け継がれた。

NO.11デルタ航空 ボーイング757-200

米系大手航空会社デルタ航空は日本ではあまり見るチャンスが少ないボーイング757型機をグアム線に投入、毎日飛来していた。

解説

ノースウエスト航空から路線を引き継いだデルタ航空はボーイング747、767、エアバスA330などセントレア線に投入していたが2023年に撤退。セントレア発のアメリカ本土行き路線がなくなってしまったのは残念である。

NO.12ANA ボーイング767モヒカンジェット

1969年~1989年(最終便運航)の間飛んでいたANA懐かしのカラーリングがボーイング767-300型機で復活、今風に言えばエモい昭和デザインの機体。

解説

セントレア開港時は現在と同じトリトンブルーがANAのコーポレートカラーだが、2009年に「ANAモヒカンジェット」という名称でレトロカラー機が復活。この塗装時代にB767型機はなかったが、いがいにも似合うデザインで尾翼にはレオナルドダヴィンチのヘリコプターの図案が描かれていた。

NO.13JAL EXPRESS ボーイング737-400/ダグラスMD-81

日本航空の国内地方路線を主に運航していた航空会社でボディにJAL EXPRESSと社名が入り、経営統合した日本エアシステム機も活躍していた。

解説

セントレア開港からJAL EXPRESS(通称JEX)がJALに統合される2014年までセントレアでもよく見られた社名で、写真のデザインはJEX二代目で塗装ある。奥はボーイング737-400、手前は元JAS機でセントレアにもよく来ていたダグラスMD-81型機。すでに両機共に引退してしまった。

NO.14エバグリーン ボーイング747-200F

アメリカの貨物航空会社で日本航空と提携していた実績もある。チャーター便の運航が多く、ボーイング747貨物機でセントレアによく飛来していた。

解説

元はアメリカ中央情報局(CIA)の航空部門として運航。アメリカ軍の受託輸送も行うほかヘリコプターやプライベートジェット、山火事消火機などさまざまな機体を運航していた。就航時よりセントレアへ来るボーイング747LCFの受託運航会社でもあった。しかし経営難により2013年に運航を停止してしまった。

NO.15エミレーツ航空 エアバスA340-500

2005年よりセントレア~ドバイ線にボーイング777-200ER型機で就航。写真は細身のボディに太いエンジンがトレードマークのエアバスA340-500型機。

解説

アラブ首長国連邦ドバイの航空会社で、ドバイをハブに世界各地へ就航。しかし2009年に撤退してしまった。セントレアはデイリー運航の際に投入されていたA340-500は世界でも製造機数が34機という少数派で、ウルトラロングレンジの異名を持つ長距離タイプの機体であった。

NO.16ルフトハンザ・カーゴ マグダネルダグラスMD11F

ルフトハンザ航空の貨物部門がドイツとセントレアを結んでいた貨物便で、名門ダグラス社の血筋を受け継ぐ三発エンジン機。

解説

特記すべきは、ルフトハンザ・カーゴ便でセントレアの姉妹空港であるミュンヘン空港で醸造されたビールをセントレアの職員が同乗して空輸した実績があり、そのビールは滑走路に近いレストラン「クイーン・アリス」で飲むことができた。2007年撮影。

NO.17オーストラリアン航空 ボーイング767-300ER

就航時に短期間乗り入れていたオーストラリアの幻のエアライン。発着は夜でセントレアでもレアキャラだった。

解説

今ではカンタス航空傘下のLCCと言えばジェットスターで、オーストラリアはもちろん日本でも多くの便を運航しているが、2002年より運航を開始した長距離LCCがオーストラリアン航空で、セントレアにも就航していたが開港の翌年2006年にジェットスターに統合され短期間で消滅した。

NO.18エアカナダ・ルージュ ボーイング767-300ER

カナダを代表する航空会社エアカナダが設立した長距離LCC、レジャーマーケットを中心にボーイング767-300ERで太平洋を越えてセントレアへ来ていた。

解説

メジャーエアラインが傘下にLCCを設立して試行錯誤していた時代、エアカナダ・ルージュも同様に2013年より運航を開始。しかし長距離LCCの経営は難しく2020年に長距離路線を廃止して近距離専門へ経営方針を転換、それらも影響しセントレアからも撤退してしまった。

NO.19カナダ空軍 エアハスA310/CC-150

2016年伊勢志摩サミットの際に飛来した機体で、エアバス社のシリーズでもA310は年代も古く2005年に開港したセントレアへの飛来は数少ない。

解説

カナダのトルドー首相搭乗機で、エアバス社の民間型式はA310だがカナダ軍での名称はCC-150ポラリスで、カナダは英語とフランス語が公用語のためボディにも英仏語でカナダ政府と文字が描かれている。軍用機ではあるがVIP機なのでカラーリングが美しく、短くて太いボディがA310の特徴。

NO.20フィンエアー マクダネルダグラスMD11

セントレアが開港したころのフィンエアーは貴重な三発エンジンのマグダネルダグラスMD11型機を投入、ヘルシンキへヨーロッパ最速を誇っていた。

解説

セントレア開港の2005年はまだデジタルカメラが一般的ではなく、スマホもない時代なのでこの写真はセントレアへ朝日を浴びて着陸する姿をフィルムで撮影。現在のフィンエアーは社名を大きくボディに描いているが、当時のデザインは社名が小さく、尾翼も現在とは異なるイメージ。

NO.21ルフトハンザ航空エアバスA340-300

少し前までは長距離を飛ぶ機体と言えばエンジンは三発か四発の時代。開港時のルフトハンザ航空はエアバスの長距離用A340で就航していた。

解説

セントレアとフランクフルトを結んでいたルフトハンザ航空は開港時A340-300型機で就航。カラーリングも現行は尾翼の黄色がなくなったが、当時はルフトハンザと言えば黄色がコーポレートカラーでA340にもよく似合っていた。駐機場もスカイデッキの右側によく停まっていたのを思いだす。

NO.22ジェットスター(オーストラリア)エアバスA330-200

ジェットスタージャパンができる前、セントレアにはオーストラリアからジェットスターが太平洋を縦断しセントレアへ来ていた。

解説

撮影は2007年で今のように夜景がまだキレイに撮るのが難しい時代。到着は日没後で出発は夜という撮影しづらいスケジュールで、機材はカンタス航空から転籍したA330型機が使用されていたためボディがジェットスターのシルバーではなくカンタスの白だった。

NO.23日本航空 ボーイング767-200

日本航空は3機しかいないボーイング767-200型機をセントレアに投入していた。背景の300型機と比べると少しボディが短いのが分かるはず。

解説

ボーイング767を大量に導入したJAL/ANAだったが、初期の200型はANAが2005年に全機退役、JALは3機のみしか導入しなかったがセントレア発着の便で供給座席数がちょうど良かったのか、開港以来数年の間767-200型機を投入していてレアな機体をよく見ることができた。